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狛坂寺跡                   滋賀県・栗東市

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狛坂寺(こまさかじ)
嵯峨天皇の弘仁年中(810~823)蒲生郡狛坂長者の娘が金銅の観音像を
檀林(だんりん)皇后に献上し、これを時の名僧願安(がんあん)に下賜(かし)された。
願安はこの観音像を金勝寺(こんぜじ)に安置したが、女人結界(にょにんけっかい)の
霊地ため女人の参拝が許されないので、この地に金勝寺の別院として、
一寺を建立したのが、狛坂寺の創立と伝えられる。
創建以来、金勝寺と共に繁栄を極めたが、明治に廃寺となる。  (説明板より)

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by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-29 00:01 | Comments(0)

狛坂磨崖仏(こまさかまがいぶつ)-Ⅱ   滋賀県・栗東市

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奈良時代に、この表現力!西域(シルクロード)の磨崖佛を見ているようです。
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by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-28 09:14 | Comments(0)

狛坂磨崖仏(こまさかまがいぶつ)-Ⅰ   滋賀県・栗東市

山道を歩き始めてしばらくは、学生時代にハイキングした湖南アルプス(滋賀県)と
重なったルートに狛坂磨崖仏があったとは想像することはありませんでした。
花崗岩の特異な形状の岩が見下ろせる処から急坂を下ったところに、
縦 6m 横 4.5mの岩に三尊像他が永い時を経て眼前に現われました。
奈良時代後期に渡来人の石工により彫られたとされています。

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by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-27 10:04 | Comments(0)

廃少菩提寺の多宝石塔      滋賀県・甲賀市甲西町

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少菩提寺は奈良時代に興福寺別院として僧良弁により建立されました。
その後、七堂伽藍・三十七の宿坊を持ち、800年と栄華を極めましたが、
戦国時代に織田信長と佐々木・六角との戦乱で焼失廃寺となりました。
高さ5mくらいの多宝塔の周りに阿弥陀仏などの小石仏が並べられています。
夕方に訪ねたせいか、廃寺特有の哀愁が漂っていました。

by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-26 08:54 | Comments(2)

廃少菩提寺の石仏群-Ⅰ    滋賀県・甲賀市甲西町

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中世から江戸初期にかけて阿弥陀信仰が流行し、お墓の周りに阿弥陀仏を配していました。
お寺が廃れ、竹やぶや草地に阿弥陀仏や五輪塔が埋もれていたものを発掘して、
今の世に遺そうと、近年山道に並べ替えて保存しています。

by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-24 10:00 | Comments(0)

廃少菩提寺の磨崖多宝塔    滋賀県・甲賀市甲西町

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稚拙な技のように感じましたが、長年のひた向きな信仰心からの重さが滲み出ています。

by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-23 10:21

廃少菩提寺の閻魔像石仏    滋賀県・甲賀市甲西町

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人間の背丈程の将棋の駒の中に閻魔様が睨みを利かせています。
室町時代後期に造立され、石の割れの補修は江戸時代に成されたそうです。
割れや補修後も味わいが出ていました。

by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-22 10:06 | Comments(0)

廃少菩提寺の三体地蔵尊石仏   滋賀県・甲賀市甲西町

三体の地蔵尊の中尊は鎌倉初期、両尊は南北朝の作とされています。
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「廃」が示すとおり、少菩提寺(しょうぼだいじ)の寺の建物などは何もありません。
天平3年(731)に奈良・興福寺別院として建立されていました。

by TGokuraku-TOMBO | 2011-06-21 00:01 | Comments(2)