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おやすみスカイツリー 2010

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いよいよカウントダウンですね。
私の拙い写真にお付き合い下さってありがとうございました。
皆様にとって、来るべき年が、良き年でありますように祈っております。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-31 15:43 | Comments(2)

東京スカイツリー駅

再来年の春、東京スカイツリー完成の時には、
東武線 業平橋駅から東京スカイツリー駅に変わるそうです。

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あと一枚

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-30 12:36 | Comments(2)

274mから539mに 東京スカイツリー

ほぼ同じ場所から撮っています。(言問交番)
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2010年12月撮影 539m


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2010年1月撮影 274m    今はこの時の約倍に伸びました。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-30 00:12 | Comments(6)

甦った石仏-Ⅲ      京都市・西京区・洛西竹林公園

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織田信長が二条城築城にあたって、これらの石仏を石垣に使用したとは複雑な心境です。
また、今の世に甦ったのも不思議な巡り合わせです。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-29 22:06 | Comments(0)

甦った石仏-Ⅱ      京都市・西京区・洛西竹林公園

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当然ですが、洛西竹林公園には竹の種類がいっぱいで、
ゆっくり観察するのも楽しいものです。
竹と石仏の組み合わせも、よく合う気がします。この↑ 写真は今一ですけど。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-29 10:50 | Comments(2)

甦った石仏-Ⅰ      京都市・西京区・洛西竹林公園

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この石仏群は、織田信長が室町幕府最後の将軍、足利義昭のために築いた
旧二条城(永禄12年、1569年)の石垣に使ったといわれる石仏で、
現在の烏丸通・新町通・丸太町通・下立売通の2町四方のうちの
烏丸出水ー丸太町間の390mにわたって石垣に使われていたとのことです。
これを見ると、あの織田信長という人の性格の一面が理解でき、とても驚かされます。
昭和56年に開通した京都市の地下鉄工事の際に発掘されたものです。
竹林公園HPより

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-28 18:08 | Comments(0)

六波羅蜜寺-Ⅰ              京都市・東山区

阿弥陀如来石仏は鎌倉後期の造立とされています。
平安時代の晩年に、平清盛が六波羅に屋敷を構えていて、
関係資料も確かこのお寺にもあった気がします。

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2mもある丸彫りの阿弥陀如来は、間違っていますが、平清盛を彷彿しています。
そのくらい、存在感が強く感じ取れました。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-27 15:22 | Comments(0)

幽霊 子育飴                京都・東山区 

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六道珍皇寺から少し西に入った処で眼に入ってきました!
一体全体 何だろう? 生憎、お店が休みで尋ねる事も買うことも出来ませんでした。
京名物 「幽霊 子育飴」 これにはビックリしましたし、全然知らない存在でした。
六道まいりの後にお土産で買うには、あまりにもピッタリで、寒気がします。
後で、調べたら、この地に馴染んだエピソードがありました。 ↓ 参照して下さい。



ある夜、店じまいした飴屋の雨戸をたたく音がするので主人が出てみると、青白い顔をして髪をボサボサに乱した若い女が「飴を下さい」と一文銭を差し出した。主人は怪しんだが、女がいかにも悲しそうな小声で頼むので飴を売ってやった。 翌晩、また女がやってきて「飴を下さい」と一文銭を差し出す。主人はまた飴を売ってやるが、女は「どこに住んでいるのか」という主人の問いには答えず消えた。 その翌晩も翌々晩も同じように女は飴を買いに来たが、とうとう7日目の晩に「もうお金がないのです。どうかこれで飴を売ってもらえませんか」と女物の羽織を差し出した。主人は女を気の毒に思っていたので、羽織と引き換えに飴を渡してやった。 翌日、女が置いていった羽織を店先に干しておくと、通りがかりのお大尽が店に入ってきて「この羽織は、先日亡くなった自分の娘の棺桶に入れてやったものだ。これをどこで手に入れたのか」と聞くので、驚いた主人は女が飴を買いにきたいきさつを話した。 お大尽も大いに驚き主人ともども娘を葬った墓地へ行くと、新しい土饅頭の中から赤ん坊の泣き声が聞こえた。掘り起こしてみると、娘の亡骸が生まれたばかりの男の赤ん坊を抱いており、手には飴屋が売ってやった飴が握られていたという。 お大尽は「臨月に亡くなった娘をお腹の子供も死んでしまったと思い込んでそのまま葬ったのだったが、娘は死骸のまま出産し子供を育てるために幽霊となって飴を買いに来たのだろう」と言った。赤ん坊を墓穴から救い出し、「この子供はお前のかわりに必ず立派に育てるからな」と話しかけると、それまで天を仰いでいた亡骸は頷くように頭をがっくりと落とした。この子供は後に菩提寺に引き取られて高徳の名僧になったという。<ウィキペディア より



逸話としては面白いのですが、ちょっと引いてしまいます。
今度、前を通ることがあれば、絶対に買います。
お店の方にも、その辺のところ聞いてみたいです。
いつ頃からの創業かも知りたいですね。

by TGokuraku-TOMBO | 2010-12-26 18:02 | Comments(2)