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東善寺の石仏                 群馬県・高崎市倉渕町

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このお寺には江戸時代末期、幕臣で重職にあった 小栗上野介の墓があります。
お墓の前では閻魔様や奪衣婆が待ち構えていました。

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■小栗上野介(1827-1868)

徳川家の旗本小栗家(神田駿河台)に生まれ、1860年(万延元年)34歳の時、井伊大老の抜擢により日米修好通商条約批准の遣米使節(目付・監察)として、米艦ポウハタン号で渡米、さらに二隻の船を乗り継いで地球一周して帰国。その後の八年間幕政をささえ、日本の近代化を押し進めた。

慶応四年三月、幕府から帰農許可を得て領地である権田村に移住。東善寺を仮住まいとして観音山に住宅建設を進める。65日後の同年閏四月六日、西軍(明治新政府軍)のため罪なくして水沼河原で家臣三名とともに斬首される。翌七日、養子又一も高崎城内で家臣三名とともに斬首される。   東善寺HPより





何故か大黒さんもいらっしゃいます。
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by TGokuraku-TOMBO | 2014-06-07 00:14 | Comments(0)